紐育式身体検査


 一九二九年、冬の紐育。
 晴れて正式に、紐育華撃団星組の隊長に任命された大河新次郎少尉は、この日、改めて健康診断を受けていた。
 休日の個人病院を貸しきって、日がな行われた健康診断に、新次郎は身体ともにへきえきしていた。
「身長体重、採血、血圧、視力……まだあるのかなあ……身長は伸びてなかったし……」
 意気消沈して落ちてゆくモギリ服の肩を、突然、叩くものがあった。
「ハーイ、タイガー。お疲れ様」
「プラムさん!」
 見慣れた顔に、新次郎はほっと息をつく。プラムは、健康診断全般の事務をまかされていたのだった。
「今日は疲れたちゃったでしょ。でも、よかったわね。次の検査でお・し・ま・い・よ」
「ほんとですか?!」
「ただ……次がちょっと厄介なんだけど」
「次? 何があるんですか?」
 プラムはその問いには答えず、満面の微笑だけ返してきた。
「男を見せなさいよお、ニッポンのサムライさん」

 新次郎は小さな病室に通された。
「ここで何をするんだろう……」
 何もない部屋だった。室内には二、三のベッド。それから、カーテンのかかった一角。その奥には、椅子と小さな卓があった。卓の上には、紙コップと本が置かれている。訝しげにそれを覗き込む。
「……雑誌? わひゃあ!」
 何気なくめくるやいなや、新次郎はふたたび勢いよく本を閉じた。
 豊かな胸と腰の美女たちが、あられもない姿をさらしている。ポルノ雑誌だ。
「え? え?」
 夢でも見たかのように、新次郎は瞬きを繰り返した。それからもう一度、視線を落とす。
「夢じゃない、よなあ……ん?」
 よく見ると、卓には雑誌といっしょに、一枚のプリントが置かれていた。新次郎はそれを読み、顔を真っ青にした。
「む、無理だよ……」
 そこには、「精液を採取すること」と簡潔に記されていた。

 それでも、命令は命令だ。新次郎は固く目をつむり、早く終わらせたいという一心で手を動かした。が、なかなか体が思うように反応してくれない。アメリカのポルノ雑誌は刺激が強すぎて見ていられない。
 悪いとは思いつつも闇の中に隊員の淫らに身をくねらす姿を想像するものの、心を覆う罪悪感に高ぶりは醒めていってしまう。それに、病室に人気はないが、どこからか監視されているように思えたのだ。
「早く……」
「大河くん、まだ終わってないの? キミって意外にさあ」
「サ、サ、サニーさん!」
「コンニチハ」
「サニーさんがどうしてここに……あっ」
 新次郎は顔を真っ赤にして、慌てて下げたズボンと下着に手をかけた。
「おっと」
 それをサニーが押し留める。
「ちょっと、離してくださいよ!」
 新次郎とて軍人、力に関してはは自信があるはずだった。だが、サニーにつかまれた両の腕はびくともしない。
「それはできない相談だよ、ボクは、キミを手伝いに来たんだから」
「な、何のことですか?」
「さっきから、体液を摂るのにずいぶん苦労しているみたいじゃないか。大河くんがいつまでたってもでてこないって、連絡をもらってね」
 サニーの視線が、むきだしの下半身をなめるように見回した。
「あ……それは……」
「まさか女性にこんな仕事は任せられないだろ。セクシャル・ハラスメントもいいところだ。ボクは男だから、大河くんも気にしなくていいからね。キラクに行こうよ、キラクに」
「気楽って……あの、サニーさんは何を」
「ちゃーんと、準備もしてきたんだよ」
 サニーは懐のポケットから、ゴム手袋と小瓶を取り出した。
「フケツなのは嫌いかと思って、ダイアナからオペ用のゴム手袋」
 透明の手袋をつけながら、サニーは続けた。
「それから、これは魔法の薬。大河くんが痛くないようにね」
 サニーはいつものように、慈悲深くほほえんだ。

「ボクはこんな検査はしなくてもいいと思うんだよねえ」
「だったら……!」
 非難する声は、すでにかすれている。
「しかし、賢人機関からのお達しだ。この検査の結果を送らなければ、キミは隊長の任を解かれてしまうかもしれない。わかるね?」
「……く」
「ということで、ちゃんと紙コップは性器の前に当てておいてくれよ」
 新次郎の目にうっすらと涙が浮かんだ。屈辱的な格好だった。
 ベッドにうつぶせに寝かされ、次には膝を折って尻を突き出すように言われた。
 上はモギリ服のまま、しかし、ズボンと下着は完全に脱ぐことなしに、半ばまでずり降ろされている。
「別にボクがなめてもいんだけど」
「そ、それだけは勘弁してください!」
「だろう? さあ安心して、ボクに体をゆだね給え」
「安心、できません……」
 手袋の指に塗られた液体が、ひやりと秘部を刺激する。異物感に、新次郎の全身が総毛立った。
「あの、やっぱり自分で……」
「そうはトンヤがおろさないってね。お、いけそういけそう。こんなにすんなり入るとは、さすが王先生の薬」
 シーツを握る指に、力がこもる。
「……!」
「キミだって、病院でやってもらったことあるだろう? 座薬とか、浣腸とかさ」
「これ、ぜ、絶対ちが……」
「力を抜いて、それから、あんまり大きな声を出さないようにね。外に何人か待機してるから」
「ふ……」
「ま、声を出してくれても、ボクは一向に構わないんだけど」
 言いながら、徐々に指をうずめていく。
 新次郎は目の前にあったシーツを口に含んで、声をあげないように、強くかみしめた。
「サムライの心意気かねえ……頼むから、ハラキリとか舌を噛み切るとかは止めてくれよ……ん、この辺かな?」
「サニーさん!」
「……大河くん。キミってさ、本当に正直だよねえ」
「そこ、なんか……」
「当たり、デショ?」
「だめ、だめです!」
 新次郎の声ににじむ余裕のなさを素早く察知して、サニーは心底楽しそうに言った。
「はい、動かすよー」
「あっ……」
 思わず、背中がそりあがる。頭の奥がしびれる。悲しくもないのに、目が潤んでくる。自分で自分を慰めたことがないわけではない。だが、自分からわかって漕ぎ出す快楽の波と、他者から与えられる無防備のそれは、まったく性質が違った。
 くちゅり、と濡れた規則的な音が、静かな室内に響きわたった。
「どう、出そう?」
 新次郎が答えられないのをサニーは知っているのだ。それをあえて問う。
「まったくサムライってのはガンコだねえ。大河くん、さっさと諦めちゃいなさい。そうすれば一瞬で終わるんだからさ。ほらほら」
 手袋をしていないほうの指が、新次郎のももの付け根を、そっとかすめるようになぞる。
「若いっていいね、すべすべだ」
「やめ……」
「やめないよ。考えてもみなさい。これはビジネスの一環さ。ボクはねえ、大河くんに気持ちよくなってもらわなきゃいけないんだ。あくまで、仕事でね」
 言葉の内容に反して、サニーの声は嬉しそうだった。

 数分後。まだ新次郎は果てていない。サニーは、新次郎が達しようとする一歩手前で、その動きを緩める。故意にだ。
「さて、どうして欲しいんだい?」
 意識を手放すかどうかの瞬間を、サニーサイドは確かに楽しんでいた。
「その格好、苦しくないの?」
 サニーは横から他人事のように、新次郎の下半身を覗き込んだ。
「んー、もうそろそろなんじゃない?」
「見、ないで、くださ……」
「おいおい、これ以上何を恥ずかしがることがあるんだい?! ボクの指が、キミのどこに入っているのか、考えてご覧よ?」
「……っ!」
 ますます荒くなる息遣い、額に滲む冬の汗。それから腹のあたりに力がこもるのを、サニーサイドはじっとりと眺めていた。
「で、どうしてほしいのかな、大河くんは?」
「……サニー、さんの、いじわる……」
「それで?」
「ゆび、うご、かして……くださ、い……」
「うん、どういう風に?」
「もっと……」
「もっと?」
「あの……」
「この国では、はっきり言わないと伝わらないよ?」
「は、激しく……おねがい……します……」
「激しく、だね!」
「い、いちいち……繰り返さない、で……ください……」
 涙に濡れた熱い声で懇願する新次郎の耳もとに、サニーはそっと、ささやいた。
「ではお望みどおり、イッツ・ショータイム……」


 それから数ヵ月後、さる極秘書類が海をわたって賢人機関に届けられた。
 その書類製作の経由を知るものは少ない。





モギ子(仮)さんから戴きました!
お医者さんごっこですよ!お医者さんごっこ!ひどい!最低!(嬉しそう)
セクハラでパワハラ以外の何物でもありません。ひどいやサニーさん。
モギ子さん、どうもありがとうございました☆★☆